家族マート

英語の歌、「いまゲイって言わなかった?」って思ってもたいてい空耳なのだけど、ベルセバは「he was gay」だった。

日常で「思い出す」という行為を全然しなくなっているのはまずいよなあ、と思ったので、せめて日記くらい書いてその日のことを思い出そうと、思った。思い出した。

だいたいからして僕はこういうのがニガテです。エンターテイメントは嫌いだとか言う人に限ってみんなはエンターテイメントが好きなんだろって思ってて、なんか人に見せるもの作る時はやりたいようにするけど、どこかで人を楽しませるような要素も入れておきたいところだとか考えていたり、するもの、なようなもの、なのかな。

たぶんそういうのではないのだけど、やはりブログというのも、誰も見てないとしても公開してる時点で見世物なので一応、気合いを入れなくてはなあとか。思うよね。別にいいんだけどねなんでも。

あーまだ日記を書いてない。早く書きますね。ちゃっちゃとやるべきなんだな。気さくに、たくさん出していかないと。どうでもいいようなことも書いちゃうのがむしろ肝要。



僕はむかつくやつなところがあるのでライブ日記みたいのは書くまいと思ってるのですが、特に好きだった人とかをピックアップして書くのはセーフということになってます。線引きはいつもプチ甘めなシチュエーショーンで。

昨日は初めてgigiというカフェバーに現れた。Doit Scienceと倉地久美夫さんを観に行った。

ドイサイエンスはアコースティックで、わりとハプニング(パーカッションの木でできたおもちゃみたいなドラムセット外れたり倒れたり)あったり、ミスと分かるミスとか多かった。
初めて見た人にとってはどうかわからんけど、ファンだとそういうのやっぱり楽しめてしまうんだよなあ。そしてその反面で「ライブでミスをするというのはこんな感触をお客さんに与えてしまうのか」とか、一応音楽の流れには影響してるわけだから、ミスない方がいいはいいのだろなあみたいに、思うのです。
それでもミスを楽しめるのはすばらしいことだと思いますどちらかというと。

倉地さんは、場がなごやかな雰囲気だったせいか、神々しい感じはあまりなかったな前に見た時ほど。凄すぎるシンガーさんたちを見ると神聖視したくなるものなのかも。やめた方がいいとは思ってるけど、それで入り込めるんならまあ。しないけど。
でも倉地さんはそんな扱い受けても仕方ないよなあと思うくらいな。次のでもは神々しいとは思わなかったの方にかかるでも。でも氏の親しみ持てる感じのステージもそれはそれで好きだナ。
「なにがどうなってそうなったのか」みたいな賞賛はわりと最上級だ。トクマルシューゴmoools紹介する時にそんなようなことを言ったりしてた。ドイさんも倉地さんについてそれに近い感触のことを言っていたと思う。素敵なことですね。みんなどこへ行くのか。


マックがまずくて、ファーストフードが舌先だけのちょっとした快楽も与えられないなんて失格じゃねえかなにがスター氏だ剥ぎ取ってやるからななどと呪詛を吐きつつ向かったのだったgigiに。

ギネスビールを飲んだ。いつも玉入ってて好きだから缶しか飲まないのだけど、ビンのビンもいいなと思う。お持ち帰りたかった。おつまみセットの豆がおいしかった。鳩になりたい。鳩になるのが一番豆を楽しめる方法だと思う。

放浪息子という作品の中の世界が好きなので放浪息子の12巻と13巻を買った。少年少女が大人になっていく過程を描くわけだから、いつまでもみんな小中学生ではいない。過程を見守る側からすると、つらい、ものが、あることも、ありますよね……。
小学生、中学生の時代にしか持てない輝きとか。思い出したりもしながら生活したいです。
高校生編がどうなっていくのかも楽しみです。志村貴子さんはいい漫画しか描いていない。いい漫画の中にいいシーンしか入っていない。まあ家の本棚にある本の作家さん全員に贈りたい賛辞ではあるけど、いやそういうのよくないけど。まあでもそういう風に思ってしまうのは思ってしまう。

鳩になりたい。漫画や映画の世界は現実の世界とは全然違う。漫画や映画があることは涙が出るほどすばらしいことダナアと思う。現実で涙を流すことはもっと価値があると思う。Win-Winの関係ですね。調子にのんなよ。一度きりなんだよ。すぎちゃんの輝きをこれ以上。ウーン。許せないわ、末広安那


>ますだ氏
わかっていましたとも